築地と豊洲の間から

東京湾沿いから、思ったことを書いてみます。

なくす。

小さい頃から本当に物をよく失くして育った。

傘は手から離れた瞬間に神隠しにあったかのように消えた。ボールペン、消しゴム、ハサミなどの小さい文房具は何度買い足したか覚えていない。さすがに剣道の防具を失くしたときは、当時の先生にこっぴどく怒られた。というより呆れられた。さすがに自分でも「これはまずい」という意識はあったが治る気配がなかった。多分、そこまで危機感がなかったのだろう。

 

数多くの物をブラックホールに入ったが如く失くしていったが、その中でも忘れられないものがある。大学生の時に買った財布だ。

財布を失くすなんてよくある話であるが、憧れていて買ったCOACHの財布を、翌日に失くした。正確に言うと盗まれた。

今となってはキャッシュレスが主流になり現金を持ち歩かなくなったが、大学生の時まではほとんど現金で対応していた。必要のないポイントカードがびっしり入ってることがステイタスとだいぶ勘違いしていたが故に長財布のかっこいい財布に憧れた。その中でもCOACHはブランド品の中でも価格が比較的安い上にかっこよく見えた。

大学生の私からすれば、4、5万円もするような財布はかなり高価であったが勝手に就職祝いということで奮発してしまった。

 

 その日は渋谷で友人と遅くまで飲んでいた。強くもないのに酒を意地でも飲むのが当時のスタイルであったため、帰り際にはパンチをもろに食らったボクサーばりにフラフラした状態で新宿に着いた。JR地下西口の改札を出て地上に上がる、ヨドバシカメラ前にたどり着いた段階で一気に意識朦朧となった。

やばい、このままだと帰れない、というより眠過ぎる…まともに帰れないためその場で体育座りをして仮眠を取ることに決めた。

どのくらい寝てしまっただろうか、多分2時間は寝ていたであろう。人通りも少なく、目の前にはずらっと並んだ自転車だけがそれぞれの持ち主の帰りを待っていた。

明日も朝が早いのに…早く帰ろうと体育座りを解いた瞬間、持っていたカバンがはるか10m先にあるのが見えた。

落としてたかな?そんなことを思いながらカバンを拾うと中身が全て消えていることに気づいた。一気に血の気が引くのがわかった。その中には前日に買ったCOACHの財布も入っていた。

そこから急いで新宿警察署に向かい、探してもらえないか依頼をしてきた。しかし、警察からは出てくる確率は低いと宣告されただけで具体的なアクションはおこしてもらえなかった。

 

気づけば太陽が昇りはじめ、カラスが新宿のまちに現れ始める頃だった。途方も無い絶望感だけを持ち帰り、新宿から中野まで気づけば歩いて帰っていた。

取り返しのつかない状態に、リビングで頭を抱えてうずくまっていたら母親がその状況を見かねて声をかけた。私は帰り道に寝てしまったこと、買った財布を翌日に無くしたことを話をした。そうすると母は、

「あんたね、新宿の路上で寝るなんて殺されてもおかしくないんだからね。財布なんていくら高くたって、また買えるんだよ。自分の命が亡くならなかった代わりに財布が失くなったと思えば安いもんだろう」

どん底に落ちていた感情にずっしりとくる言葉だった。

 

ショックから立ち直るにはやはり時間はかかった。だが母の言葉からは本当になくしてはいけないものを教えてくれてような気がした。

その出来事以降、それほど物がなくなることもなくなった。命の身代わりにものが失くなっているのであれば、身代わりをそんな簡単に無くせないと思うようになったからかもしれない。