築地と豊洲の間から

東京湾沿いから、思ったことを書いてみます。

ダメージ。

大ダメージを受けるほど殴られたことが3回ある。

記念すべき1回目は我が母親からの鉄拳だった。まだ当時実家にも金があったのか、小学校受験を受けるべく地元の塾に通っていた、現状を考えればとんでもない無駄金な気がする。

幼稚園が勉強する内容なんて全く当別なことはなく、ただ絵を描いたりして遊んでいただけだったが、5才の私にはできないことがあった。数字を1から10まで言えなかったのだ。

意味がわからないかもしれないが、「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、…ごっつ」みたいに「いつつ」が言えなく、ひたすら「ごっつ」と言い続けていた。好きな番組がダウンタウンの「ごっつええ感じ」だったから余計に「ごっつ」が頭から離れなかったのだろう。

うちの母親はこの事態を非常に危機的に思っていたようで毎日、数字を言わせる練習をさせた。さすがに慣れて言えるようなったが、ある日、母親の自転車の後ろに乗って悠々と幼稚園に向かっていると、

「はい、数字数えて」

と唐突に問題が課された。そんな急に言われても無理だ、とばかりにあたふたしていると、ついに母親の火山が爆発して自転車をこぎながらバックハンドでビンタを繰り出した。そんなところから手が届くのかと不思議がるとともに、とんでもないダメージを受けた私は、泣きじゃくりながら幼稚園に着いた。

それから数ヶ月経って、小学校受験には見事に落ちた。理由はわからないが、どうもトイレでの素行が悪かったからだと母親は推測している。数字が言えたところで意味がなあったのかと悲しがったが、私はトイレで何をしたのだろうか。

ちなみに母親とは良好な関係を築いている。

 

2回目は、中学の野球チームの監督からの鬼のような張り手。

野球をやっている人は知ってくれてるかもしれないが、中学時代に調布シニアというそこそこの名が通ったチームに所属していたが、このチームは野球チームというより、調布軍隊とか調布刑務所とか別の名前にした方がのではないかと思うくらい、それはそれは厳しい集団だった。

延々と続くランニング、ミスが許されないキャッチボール、手がすり減るほどのバッティング…本当に辛い記憶しかない。監督やコーチもいかつい人で、初見では確実にヤクザと間違えるだろう。

事件は、ある時の試合で起こった。ヒットで出塁した私は、3塁まで進塁してベース上で監督のサインを見ていた。手で頭や肩を触ってサインをだす。スクイズのサインだった。ピッチャーが足をあげる。ホームにめがけて走る。バッターがバントの構えをしてバットにボールを、、、当てないで引いた。あれ?意味がわからない。なにバット引いてるんだよ。そのまま私は、キャッチャーにタッチされてアウトになった。

あー、バッターのサイン見落としたな、あいつ監督に怒られるだろうなぁ、と思いながらベンチに下がると、

「おい!!こっちこい!!」

とベンチ裏に連れてかれた。私は指示通りのつもりだったが、監督はサインを出した後に取り消しをしたという。しかも声で。そんなの塁上で聞こえるわけがない。ミスをしたのは私ということになり、その場で右ストレートを食らった。口の中が切れて血をダラダラ流しながら守備についた。相手ベンチから可哀相な目で見られたのがわかった。

 

最後は、地元ヤンキーの襲撃だった。

よくある若気の至り的な話だが、経験するとそれはそれで恐ろしい。私が住んでいた中野、杉並界隈はスポーツをしている人が多く、血気盛んな同世代が多かった。私の親友たちもその例外ではなくちょっと生意気な時期があった。もちろん、私もそうだったと思う。

ある時、友人から着信があり電話に出ると、

「もしもし、川島商店街近くの公園にいるから来てよ。」

普段、そんな公園なんて行かない。珍しいことを言うもんだなと思っていたが、気づいたことがあった。声が友人ではない。

「お前、誰?」

と聞くと本性を現したように声色が急変した。

「お前、先輩だけど、いいから来いよ。」

そんな喧嘩を誰かに売った記憶もなく、不思議がりながらその公園へ向かった。川島商店街の入り口には、黒いジャージを着た電話主の仲間と思われるヤンキーが2人待ち伏せしていて、連行されるように3人で公園に行くことになった。よくわからないが生命の危機を感じた。

公園に着くと、なんと20人はいるだろう知らないヤンキーがぞろぞろと並んでいた。こんなドラマみたいな光景をまさか自分が見るとは、と物思いにふけっていると足もとに、すでにボコボコにされた友人が倒れていた。状況が読み込めず、頭がクエスチョンマークが大量に発生したところで、電話主のボスが現れた。

初めて見たが、すぐに隣の中学校の人とわかった。と言うものその電話主はドラマによく出演する芸能人だったからだ。噂ではヤンチャらしいと聞いていたが、ここまでとはと驚いた。

私と友人が、その電話主の悪口を言いふらしていると聞いたと言う理由で呼び出されたのだ。もちろん、記憶にない私は精一杯の虚勢を張りながら対応する。その去勢に腹が立ったのか、話をすればするほど殴られる。さすがにこの状況は万事休すか、と思われた時にそのヤンキー20人の中に知り合いがいることがわかった。

「そいつ、そんなこと言うやつじゃないかも」

その鶴の一声でなんとか助かったが、欲を言うと呼び出す前に確認して欲しかった。

 

一拳に一つの思い出。体で受けた記憶はなかなか忘れることはない。それは良いことも、悪いことも。また、拳からは人の気持ちも伝わる。こんな状況からも母親からは危機感と愛情を、監督に成長しろよと言う期待を(気のせいか?)、ヤンキーからは快楽と怒りを感じたのだった。