築地と豊洲の間から

東京湾沿いから、思ったことを書いてみます。

豊洲市場 

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大学時代は、本当によく働く学生だったと思う。

都内出身で実家暮らしにも関わらず、親からの仕送り的な金銭的補助もなく限りなく貧乏であったためバイトしまくるしか生きる方法がなかった。今思うと食費を抑えるためにボリュームのあるコッペパンしか食べてなかった。最近はそのコッペパンも1つ500キロカロリーを超えていると知り驚愕している。

3つのバイトをかけもちしていた。1つは都庁の展望台のカフェ。当時、石原都知事がたまに来店することがあったが、その時に一気に増える警備員の人数にVIPさがにじみ出ていた。2つめは新宿のビアホールライオン。ここはとにかく明るい同世代が多くて楽しかった。ここでビールの美味しさに気づき、新宿で酔いつぶれてはゴミと同等の扱いをされるということが月1ペースで経験した。

 

そして、3つめ築地市場内での水産会社の加工手伝い。これは本当に文字通りのダーティな世界だった。朝、セリで買ったまぐろを築地市場内で加工して、別のところに運ぶというのがメインの作業であった。

今ほど観光客も多くなく、移転の話もなかった時代に通っていたが、とにかく市場内は汚かった。たまに日曜に行った時は、ここは本当に平成の日本なのか?と目を疑った。ド汚い建物には少し魚が残っているのか、大量のカラスが群がる。たまに、サッカーボールみたいにネズミを見つけては発狂して、誰もいない場内に声がこだました。近隣の高層ビルを見て、自分が時空移動していないことに気づかせてくれた。

朝、市場に行った後に大学に通う。もちろん、シャワーを浴びてからいくのだが魚の臭い、特に脂がのったまぐろは臭いが落ちにくい。

一度、シャワーを浴びられずに行ったことがあったが、授業中に近くの女の子が、「ねぇ、なんか生くさくない?」「やばいよこの臭い!」と軽く異臭騒ぎを起こした。私は必死に身を丸くして臭いが放たれないように祈った。

ただ、市場の人たちは本当に優しかった。大学生がいたのも珍しかったのだろう。仕事途中に缶コーヒーを投げて、「飲め」と言ってくれた時に、勝手にBOSSのCMみたいだなと妄想していた。

 

まさか、今でも市場に関わる仕事についてるとは思っても見なかった。逆に離れようとしたのに、さらにのめり込んでいる。そんな築地市場が来週で終焉を迎えるとなると少し感傷的になる自分もいる。

新しい豊洲市場に入る機会を頂き、少しのぞいていた。いろんな意見があるが、建物は本当に立派だった。ちゃんと稼働すれば間違いなく日本で1番の市場になると思う。

セリ場が今より何倍も広くなる、果たしてセリ人の声は仲買人まで届くのだろうか。